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書籍一般のアーカイブ

山田順「出版大崩壊」(***)

出版大崩壊 (文春新書)
出版大崩壊 (文春新書)

元光文社の編集者・山田順さんが書いた本。
タイトルが示しているとおり「電子書籍悲観論」の本だ。
もともと電子書籍に積極的な某社から出す予定だったが、内容的に断られたと文中でリーク(暴露)されている。
講談社?
リークといえば、著者らと協業で「電子書籍販売サイトを作る」と言っておきながら不誠実な対応をしている人(本では匿名記述)についても触れられている。
著者さんのブログの記述から、立入某さんぽいな。
処女作に山田さんだいぶ手を加えて出版させた、というのもビンゴだし。
[053]開国か?鎖国か? 電子書籍から政治まで引き裂かれる日本

さて、内容だが、
・アメリカの電子書籍事情
・日本ではまだ電子書籍が売れていないこと
・著作権のこと
・「自炊」による違法コピー問題
などを、ちゃっちゃっと足早にまとめていく。

そんな中で、
「紙の本が売れなくなったからといって、電子書籍がそれを補うことはない。
だから、出版業界はもう『詰んでいる』」

と、主張されている。
携帯電話で読める電子書籍はマンガしか売れてないし、電子雑誌購読サービス「ビューン」もさっぱり。
だいたい、もともと本を真剣に読む人はそんなにいない。
若い人も、ネットでメール、web日記、ソーシャルメディアに忙しいから、本もあまり読む暇もない。

さらに、書籍が「ソーシャルメディア」を通して、「インフルエンサー」たちの力で売れる…という、よく言われる主張についても、作者は懐疑的。
ソーシャルメディアを通しても、「利口は利口としか、そうでない人はそうでない人としか」つながれない。
結果、「ソーシャルメディアが『まとまりのない』世界をつくる」に過ぎない、というのだ。

読みながら、村上龍の「希望の国のエクソダス」の一節を思い出した。

●(贅沢な暮らしをしたいとか)そういった新しい価値観を伝える言葉を日本のメディアは持っていなかった。
この数年、もっとも劇的に没落していったのは旧来の日本のメディアだったかもしれない。
山登りや釣りや園芸という一部の趣味的なものを除いて、雑誌がまったく売れなくなった。
次に、書籍の売り上げが極端に落ち込み、出版社や流通、それに書店の存続も危うくなってきた。
新聞の部数もこの数年で激減した。
2006年になると、広告費の減少で倒産する地方のFM局が続出した。
地方のFM局は地元の新聞社やテレビ局や代理店が共同出資をしている場合が多く、その事業の破綻は旧来のメディアに淘汰の波が押し寄せていることを意味したが、それでも彼らは大きな流れの変化に気づかなかった。
テレビは、日本に大量に誕生した経済的な敗者が不安を忘れるための娯楽としてのみ機能した。391p



”ドラゴン”のこの本は、2000年に出たんだけど、すげぇ予見力だなぁ。

中山可穂「小説を書く猫」(***)

小説を書く猫
小説を書く猫

驚いた。
中山可穂さんが京都に引っ越していた。
それも、左京区修学院。
おれの生まれ育ったところの近くじゃん!

「初のエッセイ集」である、この本。
最後の章に、京都に引っ越した顛末、そして起きた事件が綴られている。
横浜のマンションを立ち退かなければならなくなり、関西方面への転居を考えた。
京都にしぼって数多くの物件を探し回り、ようやく見つけた。
そうしていま、京都で暮らし、小説を執筆をしているという。

縁もゆかりもない京都に引っ越してきた。
そんな人間にとって、京都人の印象はやっぱり以下のようなものらしい。
「言われた瞬間は気づかなくても、あとからボディブローのようにじんわり効いてくる京都人特有のいけずは、もはや無形文化財の域に達しているのではないかと思われるほどである」(149p)
うーむ、あるある…。
しかし、ページをめくると
「ただのいけずかと思ったら、意外に味があったりして、本当に一筋縄ではいかないところがあって面白い。
おそらく自分の中にも京都人的なるものが潜んでいるからこそ、わたしは今ここにいるのだろう」(177p)

という、ツンデレな記述もあったりして。
しゃれたカフェやパン屋、本屋さんがあり、自然も多い「京都ライフ」に、ある程度満足いただいているようだ。

そういえば、「京都市左京区」にカフェ、パン屋、レストランが増えたのは、いつからだろう?
だって、20年前には、ガケ書房はなかったし(2004年オープン)、恵文社はごくふつうの本屋だった。
恵文社がある一乗寺の商店街に、おしゃれなカフェやレストランなんて一軒もなかった。
ラーメンストリートができる気配なんて、これっぽっちもなかった。
おれの中の、商店街の印象といえば、ちょっと外れたところにある染色工場。
工場の排水溝から川に流れる、紫の水。
染料独特の、すっぱいような薬くさい臭い。
あれだ。
時代は過ぎて、いまではサブカル臭あふれる「京都の下北沢」だとかいわれる成り上がりぶり。
「hanako 関西」が生まれ、「Lマガジン」がそっち路線に転向し、「ozマガ」とか東京の雑誌が京都特集を繰り返した。
そのあたりから、積極的に「しゃれおつ(←おしゃれ、を逆読みしたことば)」なものがフィーチャーされだした。
そうした文化が尊重され、やがて街が生まれ変わりだした…のかもしれない。
今では、小説家や文化人を引き寄せるまでに至ったと。

愛読するシミタツ(志水辰夫)大先生も京都に拠点を移された。
同じく中山さんも。
おれは別に、ただその地に生まれただけ。
2人の作家さんの転居とはまったく関係ないんだけど、なんだかうれしい気分でいる。

市橋達也「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録」(****)

逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録
逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録
※イラストは本人画。


「市川市福栄における英国人女性殺人・死体遺棄事件」の被疑者が、約2年半の逃亡生活を綴った告白書だ。
失礼ながら、シンプルに興味深かった。
手ぶらで警察の手から逃れた「彼」が、日本中を逃げ回る。
匿う者もいない、ひとりでの逃走。
人相を変えるため、自分で鼻を糸で「縫い」、下唇をはさみで切り、ホクロをカッターで取る。
人と会わないように、沖縄の離島で自分で魚を釣ったりしながら生きる。
ドラマチックすぎる。
まさに、事実は小説より奇なり。


全体の流れは3つに別れる。
殺人——取り返しのつかないことをしてしまった。
それがゆえの離人感から、わけもわからず逃亡するのが「パート1」。
小説「死国」の記憶から、お遍路を回れば死者が甦るのではないか?
そう思って、四国を歩き回る「パート2」。
そして、気持ちに少しの落ち着きが生まれ、意識して「逃亡生活」を送るのが「パート3」。
沖縄の離島でのサバイバル生活。
大阪・西成で得た日雇いの仕事で、金銭を得る。
2つの生活を定期的にくり返していたのだ。


ワイドショーなどでは「自分の罪にたいして反省の色がない」と批難されているようだ。
そうかな?
個人的には、反省は感じられた。
前書きに、
「逃亡生活を何を考えてきたか、罪の懺悔として記したい」
とある。
あくまで記録文、回顧文。
その意味で、リアルさがあった。
犯罪を犯してしまった人間の、逃げたくなる気持ち。
自分を正当化したい気持ち。
対して、罪の意識。
それらの葛藤が、正直に、本当に正直に綴られているように思った。
自殺したくても、怖くてできないと悩むシーンなども同様だ。
逆に、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
と書きまくられても、かえって信じられないというか…。
裁判対策のように思えてしまう。


ただ、一点だけ。
彼はリンゼイさんを「殺害した」とは明記していないのが、気になった。
・「なんであんなことを彼女にしたんだよ」85p
・「命を奪った」87p
・「本当にひどいことをした」133p
・「死体遺棄の時効が3年だったことは、逮捕されて取り調べの中で初めて知った。その時効の前に捕まってよかった」236p
・「許されないことをした」237p
などと書いている。
行間を読めば、殺人と死体遺棄はほぼ認めているように思える。
ただ、殺人が未必のものだったのかは明らかにされていない。
アクシデントで…という「弁明」の余地は残っている。
現状、彼は死体遺棄に加えて、殺人と強姦致死で起訴されている。
さて、裁判ではどういった供述が出てくるのだろう。


最後に、いくつか引用しておく。
四国を「お遍路」を辿りながら、逃亡していたときの話。

★四万十川に着く前に、古本屋でマンガ「バキ」を買った。
地下闘技場戦士が五人の死刑囚と戦う話の箇所を選んで買った。
自分も捕まったら死刑囚になる。
強くならないといけない。
強い死刑囚を見て、自分を励ますためだった。94p


フェリーで沖縄へ。

★ラジオがリンゼイさんの家族が来日すると告げていた。
申し訳なかった。
でも、「誰だって逃げる。誰だって逃げるんだ」って繰り返し自分に言い聞かせていた。101p


久米島からオーハ島へ歩いて渡る(引き潮のときは500mぐらい歩けば着けるらしい)とき。
捨てネコが、彼に近づいてくる。

★子ネコはガリガリで汚れて見えた。
飼い主に捨てられたんだろうと思った。
この辺は、カラスが時々飛んでいるし、食べものもないし、子ネコは生きていけないだろう。
僕は海を渡ろうとすると、ネコも後ろからついてきた。
海に入ればあきらめるだろうと思ったけど、海面から頭を出している。
岩と岩との間を飛んでついてきた。
でも、もう飛び移れる岩がなくなったのか、途中の岩の上でポツンと取り残されていた。
ネコを肩の背中側に引っかけて島に渡った。
途中、ネコが濡れることはなかった。134p

この後、彼は離島でネコと暮らす。
海に潜ったりして、食料を探しながら。
結局、大阪・西成で働くために久米島に再上陸するとき、ネコを放してやったという。

西成での「日雇い生活」。
昼に夜にと働く。

★この日の夜勤は朝五時までだった。
飯場に戻って30代(←注:同僚のこと)と昼の仕事へ出た。
土日も仕事があれば出た。
だから昼間の解体現場ではフラフラだった。
でも力は抜かなかった。
トイレの解体や下水管の解体では大便まみれで働いた。
誰か人のためになっている。
そう思うとうれしかった。
そしてこれは、罪の償いに少しでもならないか、と考えて働いた。156p



※参考
こんなん、売ってるのか。
WANTED市橋 Tシャツ(ライトピンク) M
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幻冬舎、市橋被告『逮捕されるまで』を2万部重版:新文化 – 出版業界紙 – ニュースフラッシュ関連ページ
初版3万。

我が一家全員死刑
我が一家全員死刑
殺人事件の被疑者の告白本といえば、これはえぐかった…。

木崎伸也、若水大樹「クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則」(***)

クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則 (サッカー小僧新書)
クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則 (サッカー小僧新書)

クライフのサッカー戦術論をコンパクトにまとめた新書。
「美しく勝利せよ」などに比べると、ナウいというか。
最近のバルセロナやスペイン代表と比較したりしているので、わかりやすいだろう。

最重要キーワードを挙げるなら、
「ウイングはマスト」
「バックパスは最悪。パスコースを作る動きが出来ていない証拠」
「リトリートは最悪。奪われたら前からプレス」

ウイングが本当に好きなんだね、というのが分かるのが、本書でも紹介されているこの動画。
クライフが4-1-2-3と4-1-2-1-2の比較を、黒板を使って講義している。

(※ディフェンダーを上に描いています)

4-1-2-3のワンボランチが攻守最高というクライフ。
だが、それはセンターフォワードに「確実な点取り屋」がいる場合に限る。
点取り屋がいない場合は、ファンタジスタをフォワードより下がったポジションで使えばいい。
いわゆる4-4-2のダイヤモンド型に似た形だけど、そうじゃない。
それだと、サイドが攻守にわたって弱くなるんだ。
だから、2トップを両サイドに張らせて、ゴール前は中盤の選手が攻めあがっていけばいいじゃん。
つまり、いわゆる4-4-2のダイヤモンドなら、2トップをウイングに張らせた形のほうがベター。
——といったことを言っているらしい。
センターフォワードよりもウイングを優先するとは、オランダはほんま恐ろしい国やで…。

そういえば、来季京都の指揮を取る大木武さんも4-1-2-3の信奉者。
大木さんの場合は、オランダ式というよりはゼーマン式らしいんですが。
とはいえ、同じフォメなんで、京都ファンの人なら読んで、来季のサッカーに思いを馳せるのもいいんじゃないでしょうか。

坂上遼「消えた警官 ドキュメント菅生事件」(***)

消えた警官 ドキュメント菅生事件
消えた警官 ドキュメント菅生事件

戦後、警察が共産党員を「交番爆破」の犯人にでっち上げた冤罪事件のドキュメント。
この件に詳しくなかったので、まさにミステリのようにグイグイ読んだ。

★共産党古参幹部の話「もう三ヶ月、いや一ヶ月警察が待っていれば、えん罪、でっち上げ事件でない、本物の菅生事件が起きていたと思う。党内でも皆からハネアガリの批判を受けていた(後藤)秀生が、中核自衛隊らしくものもできないまま功を焦っていた。囮の謀略にひっかかる条件は揃っていた」342p


★菅生事件の醍醐味は、「調査報道」でしのぎを削る各社の特ダネ合戦にある。今日マスメディアが、さまざまな危機に直面している中、ジャーナリズムを活性化させるのは、「調査報道」しかないと私は考えている。その典型が、菅生事件での各社の独自の活躍であり、とりわけ共同通信特捜班が、市木春秋こと戸高公徳氏を捜し当てるまでの地道な取材は、今日でも十分通用するばかりか、むしろ「発表報道」にならされた記者には苦痛かもしれない。しかし、これが取材の原点であることはいまさら言うまでもないだろう。356p

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