Home > 書籍一般
書籍一般 Archive
北野武、ミシェル・テマン「Kitano par Kitano 北野武によるたけし」(***)
- 2010-07-13 (火)
- 書籍一般
■Kitano par Kitano 北野武による「たけし」
映画論が中心ながら、生い立ちから人生観までをつまびらかに語った告白本。
ロッキング・オンから出ている数々のインタビュー本と比べて、インタビュイーのセリフは少なく、誘導的な質問もなく、より「生のたけし」に迫っていると思う。
気になったところを2つほど。
●で、1983年にね、金を少し持って師匠に会いに行ったんだ。俺もそれなりに有名になっていたときだった。師匠は、弟子の成功をものすごく喜んでくれてね。師匠の目には、俺が舞台で通用する真の芸人になっただけじゃなくて、テレビでも人気が出たことを心から誇らしく思ってくれてたみたい。で、そんな弟子が自分に小遣いを持ってやってきてくれたことに感動するあまり、師匠はその晩、俺の成功を大声で知らせながら、浅草じゅうを練り歩いた。そうして何軒も飲み屋をはしごしながら、俺の成功を祝ってくれてたんだよね。俺もうれしかった。でも心の底ではこの日のことは本当に後悔してる、ひどく悔やんでる。というのも、俺の渡したはした金で、その日、師匠は酒とタバコを買ってさ、そうとう酔っぱらって家に帰ったんだろうな。真夜中か朝方か、師匠の3階のアパートが日に包まれたんだ。叫び声を聞いた隣の人が、慌てて消防車を呼んだんだけど、師匠を助けることはできなかった。
…(中略)…
その日、読売と朝日の夕刊が師匠の訃報を取り上げたけど、浅草はこのニュースに騒然となった。切り抜きを持ってるから、見せるよ。今でも、本当に辛いし、苦しい。それに、罪の意識を感じる。俺のせいで、師匠は死んだんじゃないかっていつも思ってる。俺があんなふうにお礼をしなきゃ、師匠はあれほど酒を飲まなかったんじゃないか、タバコも買わなかったんじゃないかって…。俺がフランス座を去ったあと、師匠はものすごい孤独を感じてたんだと思う。抱えきれない孤独のなかでね、アルコールに支配されて死んだんだ。(74-75p)
たけしの師匠は深見千三郎。
芸人であり、ストリップ劇場である「浅草フランス座」の経営者でもあった。
たけしが漫才師として独立したあと、劇場の経営難から引退。
化粧品会社で働いていたという。
●まあ、人生を楽しみたかったら他人に期待しすぎちゃいけないよね。天も国も政府も頼りすぎちゃいけない。ささやかな幸せを確保するのにもめちゃくちゃ努力しなきゃだめだよ。生半可なことじゃないよ。道には罠がいっぱい仕掛けられてるんだから。俺が経験から知ったのは、喜びってのはね、与えながら得るもんだってこと。恵まれない人を助けたり、社会活動をしたり、個人的にはね、これが俺を幸せにしてくれる。これが不平等にたいする、俺なりの戦い方なの。 (351p)
あのゾマホンさんを通して、ベナンの支援活動を行っているが、これを自慢するつもりもPRするつもりもない、「慈善を明らかにするものではない」と言っている。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
後藤忠政「憚りながら」(***)
- 2010-07-09 (金)
- 書籍一般
■憚(はばか)りながら
「後藤組」元組長で、現在は引退した後藤忠政氏の告白本。
本人のことばがこうしてまとめられるのは、はじめてのことである。
後藤忠政氏が率いる後藤組について、定食屋にある実話雑誌などを読むなどして、おれが知っていたのは次の3点だった。
そのそれぞれについて、本人があけっぴろげに語っていて興味深い。
(1)後藤組=武闘派
映画 「ミンボーの女」に描かれた暴力団の描かれかたが侮辱的だとして、伊丹十三監督を襲撃したのも後藤組員だった。ただ、後藤氏自身は部下にそういう命令をしてはいない、とは本書内で言っている。
(2)後藤組=「経済やくざ」のはしり
土地取引、株式取引などに”関わる”ことで、山口組有数の資金力を誇ったと言われている。後年、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に莫大な寄付をして、肝臓移植手術を受けた。
その点について、後藤氏は「間に立って協力してくれた人がいるから詳しくは明かせない」と言いながらも、人生観の変化があったと告白していた。
★兄貴の死と、自分の肝臓移植を経験してからは、どう生きていくかというより、どう死んでいくか、ということが絶えず頭の片隅に残るようになった。
俺の人生もあと20年はないかも知れんが、あと5年、10年は残ってると思ってるんだ。
だから、これからしばらくは、今よりもっと好きなことをして生きていって、いざそのときを迎えたら、人様の前からフッと消えて、誰にも知られることなく、静かに死んでいきたいなって思ってるよ。264p
(3)後藤氏=芸能人を愛人に?
警視庁の資料が、P2P2ソフトを通して流出。その中に、芸能人たちが”やくざの情婦”としてリストアップされていた。
——そう、報じられたことは、記憶に新しい。
後藤氏に関しては、Wikipediaにも書かれているように、元グラビアアイドル・嘉門洋子、元ワンギャルの須之内美帆子、歌手・mycoと愛人関係にあったとされている。
■後藤忠政 – Wikipedia
で、本人たちの個人名はさすがに明かされていないものの、女性関係にかんしてはこんなくだりがあった。
★ラブホテルなんか使ったことないよ。
いつもちゃんとした(高級シティー)ホテルだ。
それにおネエちゃんには、それなりの手当ては渡すし、付き合いが長くなれば、マンションのひとつでも買ってやらなきゃな。
そうしないと「ケチなスケベじじい」になっちゃうじゃないか。
ネエちゃんから「スケベ」と思われても、それはしょうがないわ、事実なもんで(笑)。
けど「ケチ」って思われたら終わりだ。
それに別れた後もそれなりの面倒は見るんだよ。
だから別れても、そのおネエちゃんたちは俺のファンだ。
そりゃ別れるときは怒るけど(笑)。
だから、さっき話した政治家の連中みたいに、別れた後で刺される(告発される)なんてことは一度もないわ。
俺に言わせれば、おっかあがいながら、ネエちゃんたちと付き合うなら、これぐらいの甲斐性は持てという話だ。……223p
あとは、本書を読むまで知らなかったことで、いくつかメモ。
後藤氏の出身地である静岡県富士宮市には日蓮正宗総本山・大石寺があった関係で、創価学会とのつながりがあった。
学会については、こんな厳しいことを言っている。
★(創価学会について…)どんな宗教信じるかは勝手だ。
しかし、その宗教のために国会や官僚組織に入り込むというのは、筋が違うんじゃねぇか。
特定の宗教の利益を目的とする人間が、国家権力の中枢にいるのはまずいよ。112p
右翼の大物・故野村秋介を、深く尊敬していたようだ。
★けれど野村さんは、それでも「俺に是非は問うな」と言ってるんだ。
この道を進めば、地獄が待っていようとも、「俺に物事の是非を説いてもらっちゃあ、困るんだ」と。
日蓮がなぜ首をはねられそうになったか、キリストがなぜ十字架に磔にされたか、彼らは自らの信じる道を突き進んだ結果だろう、と。
そのうえで「激しき雪が好き」、つまり「激しい生き方しかできんのだ」と言ってるわけだ。157p
引退後は、野村秋介氏と通じて知り合った僧侶・塚越慈徳住職の助力をあって、得度を受けた。
得度式のようすは、このブログに記述があった。
■
塚越住職が、またこんな豪快な人物らしい。
★それで引退から1、2ヶ月経って、得度する腹が固まって、改めて住職(※注:神奈川県・無常山浄発願寺 塚越慈徳住職)に頼みに行ったんだ。
住職はすべてお見通しだったんだな、こんなことを言ってたよ。
「あなたがいずれそう言ってくるだろうと確信してましたよ」って。
それで「ちょっと失礼しますね」と行ったと思ったら、バッと着物の上をはだけて、背中を見せたんだよ。
その背中には刺青が彫ってあった。
左肩には野村さんの名前、真ん中には野村さんが詠んだ「俺に是非を説くな 激しき雪が好き」という句、そして右肩には俺の名前が彫ってあった、「後藤忠政」って。
驚いたよ。
住職の話じゃ、野村さんの名前と句は、野村さんの三回忌を機に、思うところあって彫ったらしい。
そして俺の名前を彫ってくれたのは、俺がまだ現役時代、「得度をするときはあんたに頼むぜ」なんて冗談交じりに話してた、3年ほど前だって言うんだ。
住職はすでに、俺がいずれ仏の道に入ると確信していたそうだ。
そして「あのとき、私はきっと人生かけて、あなたを背負っていくようになると悟ったんですよ」って言うんだな。
いやぁ、恐れ入ったよ。297p
ということで、いちいち書き出したいことが多い、ナイスな本だった。
企画した映画「BOX 袴田事件 命とは」の公開に合わせての、プロモーションの意味もある告白本出版で、「最初で最後」の書籍らしいんだけど、続編も期待したいな。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
千田善「オシムの戦術」(**)
- 2010-05-13 (木)
- 書籍一般
■オシムの戦術
イヴィツァ・オシムが日本代表監督をしていたときに通訳だった方の回顧録第二弾。
「戦術」という題名は付いてはいますが、そんなディープな話は出てきません。
まぁ、書いている人がサッカーの指導者ではないのでやむをえないところ。
具体的には、追い越しの動きを徹底させたこととか、サイドバックの両方が上がったときの空いたスペースの埋め方の話とかの解説が少しあります。
個人的には、その戦術を植えつけるためにどんなトレーニングをしていたか(いくつか実例が挙げてある)、といった話のほうが興味がありました。
さいごのほうでは、オシムを引き合いに出しながら旧日本軍の愚行について語るという「トンデモ」な方向に向かったりして…。
また、オシムの故郷・旧ユーゴの話や倒れたときの逸話などにも章が割かれています。
というわけで、繰り返しになりますけど題名から「戦術本」と思っちゃうとがっかりするかも。
オシムのトレーニングと代表監督時代にどんなことを思っていたかを伺い知ることができる、「監督・オシム」について記された本——これから読む人はそう思ってもらったほうがベター。
今までは「人間・オシム」を語る本が多かった中で、確かに目線は新しい。
表紙イラストは吉田戦車(筆者のいとこ、らしい)。
※過去ログ
■千田善「オシムの伝言」(***) – Sex & Books & Football
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
田村修一「オシム 勝つ日本」(***)
- 2010-04-29 (木)
- 書籍一般
■オシム勝つ日本
雑誌「ナンバー」連載中の「オシムレッスン」をもとに加筆されてできあがった”最新オシム本”。
サッカー論として主張されているのは「走れ走れ走れ」「プレイスピードを上げろ」ということ。
日本人選手は走行量が少ないうえ全力ダッシュが少ない、ヨーロッパの一流選手はもっと走っているのに…と。
またパスも展開ものろい、とお怒りだ。
翻って、ことしの京都サンガを思ってみると、パスは相手足下で単発、展開も”各駅停車”だなぁ。
オシムが予想する未来のサッカーは、
「もっとスピードが上がって、もっとフィジカル勝負が求められる」
ものだそう。
全300p、たっぷりオシムトークでお腹いっぱいだ。
★サッカーは(ハンドボールと比べて)もっと複雑だ。11人対11人となると、コンビネーションの数は10億通りにもなる。とてもすべてを覚えることなどできない。だからできることといえば、パスを送ってスプリントする。その繰り返しだ。
だが、日本のサッカーでは、パスを出した後も、ボールの行方を見ながらゆっくり走るだけだ。スプリントをする代わりにてくてく走る。スプリントはパスの受け手の役目、さらに3人目の選手の役目だ。97p
★どれほど満ち足りた暮らしをしていても、一生の間に一度もリスクを冒すことなく生きることはできない。リスクのない人生など存在しない。だから何かにトライするべきだし、日本という社会はそれを許す環境にある。251p
筆者の田村氏は、学生時代のワタクシが「ニフティサーブ」の海外サッカー会議室ってところに出入りしていたとき、「マルコ」のハンドルネームで欧州サッカーのスコア速報などを書き込んでいた人。
何年か前、「琉球FC」トップチームコーチにトルシエが就任!って発表会見があったとき、ワタクシは偶然その場にいたんですが、田村氏もいて、「ああ、この人が…」って感慨にふけったものです。
トルシエの発言に苦笑しながらいちいち反応してて、フランス人っぽいっていうかシニカルっていうか。
で、田村氏は”トルシエ本”を書こうとしたがどうしても書けなかったらしい。
その挫折の経験とオシムへの取材との関係性とか、エピローグもなかなか興味深いものでした。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
中山正和「[新装版]運のいい人、悪い人」(**)
- 2010-02-23 (火)
- 書籍一般
■[新装版]運のいい人、悪い人![[新装版]運のいい人、悪い人](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41FUa93R6YL.jpg)
「NM法」考案者による書籍の復刊です。
すんげぇ大ざっぱにまとめると、
●運とは50%が偶然、50%が自己責任で決まる
●自己責任とはカンがいいか、悪いか。
カンがよくなれば、判断力もよくなって、結果的に「運がいい」状況になる
●カンをよくするためには、「イメージ記憶」+「くよくよしない」こと
●くよくよしないためには、お釈迦様が言うように「欲を捨てる」こと
みたいな流れで、結論としては
「運を求めるならば運を求めてはならぬ」
という禅問答みたいな教訓に落ち着くのがおもしろかった。
あと、ミンコフスキーの時空モデルを援用しつつ、
「今起きていることは時間の流れに押し流されるから、
『時間は過去から未来へ流れているのではなく、未来から過去へ流れているのだ』」
っていう”決め打ち”もなかなか。
読めばすぐさま運が良くなる!っていう本ではないですが、科学者の仏教論的な話に興味があればどうぞ。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
ホーム > 書籍一般
- Search
- Feeds
- Meta