- 2010 年 7 月 9 日 10:00 PM
- 書籍一般
■憚(はばか)りながら
「後藤組」元組長で、現在は引退した後藤忠政氏の告白本。
本人のことばがこうしてまとめられるのは、はじめてのことである。
後藤忠政氏が率いる後藤組について、定食屋にある実話雑誌などを読むなどして、おれが知っていたのは次の3点だった。
そのそれぞれについて、本人があけっぴろげに語っていて興味深い。
(1)後藤組=武闘派
映画 「ミンボーの女」に描かれた暴力団の描かれかたが侮辱的だとして、伊丹十三監督を襲撃したのも後藤組員だった。ただ、後藤氏自身は部下にそういう命令をしてはいない、とは本書内で言っている。
(2)後藤組=「経済やくざ」のはしり
土地取引、株式取引などに”関わる”ことで、山口組有数の資金力を誇ったと言われている。後年、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に莫大な寄付をして、肝臓移植手術を受けた。
その点について、後藤氏は「間に立って協力してくれた人がいるから詳しくは明かせない」と言いながらも、人生観の変化があったと告白していた。
★兄貴の死と、自分の肝臓移植を経験してからは、どう生きていくかというより、どう死んでいくか、ということが絶えず頭の片隅に残るようになった。
俺の人生もあと20年はないかも知れんが、あと5年、10年は残ってると思ってるんだ。
だから、これからしばらくは、今よりもっと好きなことをして生きていって、いざそのときを迎えたら、人様の前からフッと消えて、誰にも知られることなく、静かに死んでいきたいなって思ってるよ。264p
(3)後藤氏=芸能人を愛人に?
警視庁の資料が、P2P2ソフトを通して流出。その中に、芸能人たちが”やくざの情婦”としてリストアップされていた。
——そう、報じられたことは、記憶に新しい。
後藤氏に関しては、Wikipediaにも書かれているように、元グラビアアイドル・嘉門洋子、元ワンギャルの須之内美帆子、歌手・mycoと愛人関係にあったとされている。
■後藤忠政 – Wikipedia
で、本人たちの個人名はさすがに明かされていないものの、女性関係にかんしてはこんなくだりがあった。
★ラブホテルなんか使ったことないよ。
いつもちゃんとした(高級シティー)ホテルだ。
それにおネエちゃんには、それなりの手当ては渡すし、付き合いが長くなれば、マンションのひとつでも買ってやらなきゃな。
そうしないと「ケチなスケベじじい」になっちゃうじゃないか。
ネエちゃんから「スケベ」と思われても、それはしょうがないわ、事実なもんで(笑)。
けど「ケチ」って思われたら終わりだ。
それに別れた後もそれなりの面倒は見るんだよ。
だから別れても、そのおネエちゃんたちは俺のファンだ。
そりゃ別れるときは怒るけど(笑)。
だから、さっき話した政治家の連中みたいに、別れた後で刺される(告発される)なんてことは一度もないわ。
俺に言わせれば、おっかあがいながら、ネエちゃんたちと付き合うなら、これぐらいの甲斐性は持てという話だ。……223p
あとは、本書を読むまで知らなかったことで、いくつかメモ。
後藤氏の出身地である静岡県富士宮市には日蓮正宗総本山・大石寺があった関係で、創価学会とのつながりがあった。
学会については、こんな厳しいことを言っている。
★(創価学会について…)どんな宗教信じるかは勝手だ。
しかし、その宗教のために国会や官僚組織に入り込むというのは、筋が違うんじゃねぇか。
特定の宗教の利益を目的とする人間が、国家権力の中枢にいるのはまずいよ。112p
右翼の大物・故野村秋介を、深く尊敬していたようだ。
★けれど野村さんは、それでも「俺に是非は問うな」と言ってるんだ。
この道を進めば、地獄が待っていようとも、「俺に物事の是非を説いてもらっちゃあ、困るんだ」と。
日蓮がなぜ首をはねられそうになったか、キリストがなぜ十字架に磔にされたか、彼らは自らの信じる道を突き進んだ結果だろう、と。
そのうえで「激しき雪が好き」、つまり「激しい生き方しかできんのだ」と言ってるわけだ。157p
引退後は、野村秋介氏と通じて知り合った僧侶・塚越慈徳住職の助力をあって、得度を受けた。
得度式のようすは、このブログに記述があった。
■
塚越住職が、またこんな豪快な人物らしい。
★それで引退から1、2ヶ月経って、得度する腹が固まって、改めて住職(※注:神奈川県・無常山浄発願寺 塚越慈徳住職)に頼みに行ったんだ。
住職はすべてお見通しだったんだな、こんなことを言ってたよ。
「あなたがいずれそう言ってくるだろうと確信してましたよ」って。
それで「ちょっと失礼しますね」と行ったと思ったら、バッと着物の上をはだけて、背中を見せたんだよ。
その背中には刺青が彫ってあった。
左肩には野村さんの名前、真ん中には野村さんが詠んだ「俺に是非を説くな 激しき雪が好き」という句、そして右肩には俺の名前が彫ってあった、「後藤忠政」って。
驚いたよ。
住職の話じゃ、野村さんの名前と句は、野村さんの三回忌を機に、思うところあって彫ったらしい。
そして俺の名前を彫ってくれたのは、俺がまだ現役時代、「得度をするときはあんたに頼むぜ」なんて冗談交じりに話してた、3年ほど前だって言うんだ。
住職はすでに、俺がいずれ仏の道に入ると確信していたそうだ。
そして「あのとき、私はきっと人生かけて、あなたを背負っていくようになると悟ったんですよ」って言うんだな。
いやぁ、恐れ入ったよ。297p
ということで、いちいち書き出したいことが多い、ナイスな本だった。
企画した映画「BOX 袴田事件 命とは」の公開に合わせての、プロモーションの意味もある告白本出版で、「最初で最後」の書籍らしいんだけど、続編も期待したいな。
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