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2009年8月26日のアーカイブ
志水辰夫「つばくろ越え」(****)
- 2009 年 8 月 26 日 11:00 PM
- 書籍小説
■つばくろ越え
◇燕の通う尾根を、ひとり疾駆する影。飛脚問屋・蓬莱屋シリーズ開幕!
売りは秘密厳守とスピード――あえて難路を選び単独で列島を横断する脚力、火急の金品を守り抜く状況判断力。修羅場をくぐった男たちを束ねる蓬莱屋には、そこを見込んでの注文が絶えない。時は風雲急を告げる幕末、行く手を阻む影に目を凝らしながら、峠を越える男たちの物語四話。シミタツ節は何故こうも新鮮なのか!
さぁ、志水辰夫の新作だ。
もともと、ワタクシがブログを始めたのが2003年末。
サッカー観戦メモと、志水辰夫の作品の前レビューを書きたかったというのが動機だったりする。
それから、5年あまり。
「行きずりの街」がとつぜんバカ売れしたり、時代小説に進出したりしながら、こうやってまた”シミタツ”の新作のことを書くことができるのは、うれしい。
今作は、江戸時代の「飛脚」をテーマにした中編4編を収録している。
いちばん好きだったのは、「ながい道草」。
越前の山あいの村に住む医者に、薬を届けた宇三郎(うさぶろう)。
だが、その医者は翌朝妻とともに急に村を立っていった。
その後江戸に戻ろうとした道中、宇三郎は人探しをする人間たちを見かける。
はたして、医者は追っ手から逃げるために、出立したのではないか?
そう感じた宇三郎は、道を引き返し村に帰ることにするが…。
といったストーリー。
この中で描かれる、
・主人公のストイックな姿勢。
・ヒロインへの秘めた好意。
・最後に、謎が分かり。
・そして、噴出する感情。
・体言止めを続けて畳み込む文章。
いわゆる”初期シミタツ”のハードボイルド小説の要素をそのままパッケージにしながら、舞台を江戸に移した——そんな内容なのだ。
たとえば、こんな一節。
★心という心に蓋をして夜道を帰ってきた。なにも考えなかった。なにも思わなかった。
耳だけが自分の足音をとらえていた。夜のしじまと、気配と、風音をとらえていた。
目が前を見据えている。半月が山の端に落ちようとしていた。
後は振り返らなかった。ただ覚っていればよかった。いまはただ、後ろからつけてくるものの気配を、全身に耳にして覚っていればよい。見届けるのはそれからだ。
……236p
帯の惹句を読むかぎり、「飛脚問屋・蓬莱屋シリーズ」として飛脚たちのを主人公にした連作になるようす。
佐伯泰英ぐらいのペースで新刊が出るとうれしいのだが、そういうこともありえないのでゆっくり次作を待ちましょう。
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