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2006年1月31日のアーカイブ
【京都サンガ】鹿児島キャンプ入り
- 2006 年 1 月 31 日 3:17 PM
- 蹴球日本
前半はフィジカル中心なようです、
ハードトレ、フォーーー!
■京都、ハードトレ開始 鹿児島キャンプがスタート:スポニチアネックスOSAKA サッカー
■サンガ、キャンプ幕開け 鹿児島 体力強化に汗:京都新聞 電子版
柱谷監督は「これからのキャンプが楽しみ。組織的な動きを重点的に練習する」とし、MF中払は「みんな疲れはない。チームが一丸となってキャンプに取り組み、開幕戦の準備を整えたい」と話した。
20060131.tue
- 3:48 AM
- 妄想日記
●紙は偉大なり@GTD。
■Getting To Done: Long Live Paper! – Lifehacker
●牛肉とライブドアと偽装。
■asahi.com: 内閣支持率45%に低下 本社世論調査-政治
●EdMaxは大丈夫。
■複数のメール・ソフトに脆弱性,処理が停止する場合あり:IT Pro
サン・ラーもしくはサン・ラ(SUN RA)
- 2:41 AM
- 妄想雑記
~サン・ラーについてコピペしたテキストが散乱しているので、まとめておきたいと思います。~


サン・ラー、すなわち古代エジプト神話における「太陽神ラー」。
そんなアーチストネームを冠し、「自分は土星から人類に使命を伝えるためにやってきた」と言い放つ黒人男性がいた。
本名ハーマン・プール・ブランド(1914~93年)。
ハナ肇に似たこの男こそ、クレージーキャッツならぬ稀代のクレージージャズマンである。
サン・ラーは1914年にバーミンガムに生まれた。
そして、40年代のシカゴでピアニストとしてキャリアを始める。
まもなく、彼をサポートする「ヒズ・アーケストラ」なる集団が誕生。
初期は、ごくふつうなジャズミュージックを演奏していたらしい。
だが、その音楽は、その思想は、60年代に入るとアヴァンギャルドにエスカレートしていった。
(1956~57年録音の『サン・ソング』が”サン・ラー的世界”のはじまりといわれる)
サン・ラー&ヒズ・アーケストラのステージはとにかく異様だった。
まず、主宰者であるサン・ラーが身にまとうのはアフリカの民族衣装のような、宗教家のローブのようなもの。
そして奏でる音楽は、形態としてはアバンギャルドなフリー・ジャズだ。
不気味な爆音がオルガンやシンセサイザーから流れる。
ブラス・セクションはフリーキーなブローを続ける。
女性ボーカルのジューン・タイが叫びのような、奇妙な歌声をのどから絞り出す。
スウィング/ビバップ/アフリカン・ミュージック。
それらがごった煮にされ、黒く味付けされた。
彼らのサウンドは誰にもまねのできないものだった。
さらに、ステージでは音楽だけでなく、サン・ラー独自のメッセージを説法する場でもあった。
思想のキーワードは「Space is the Place」。
宇宙を意識せよ。
宇宙のパワーを受信せよ。
これはよくあるニューエイジ思想なのか?
サン・ラーのメッセージより。
「人間は受信機のようなものでスピーカーやアンプみたいなものでもある。
また楽器のようなものでもある。
なぜなら鼓動を打つドラムである心臓があるからだ。
それに鼓膜もある。
鼓膜の中にはストリングスがあり、つまり頭の両側にハープがあるのだ。
あるハーモニーを演奏すると、このストリングスが自動的に耳の中で振動し体の中のさまざまな神経に伝わる。
それぞれの人間にとって適したものが演奏されると、このストリングスが自動的にその人をチューニングして、その人はチューニングされた調和のとれた状態になる。
不協和音はなく完全に調和するのだ」
さらに、アフリカこそ人類の起源であると信じていた。
アフリカへ回帰せよと主張した。
サン・ラーと彼を信奉するアーケストラは、世界各国を訪れ、上述のような音楽を演奏をし、上述のような思想を語った。
アメリカでは、コミューンのような共同生活を送っていた。
人はその生活をこう読んだ――「宇宙旅行」。
93年、土星から来たジャズの伝道師はその生涯を終える。
だが、その肉体は滅んでも、偉大な思想は消えない。
今もその志を引き継ぐべくアーケストラは世界各地で活動を続けている。
※ネット各所を参考にさせていただきました。
出典をメモっていないものが多かったため個別には書きません/書けませんが、日本のサン・ラーマニアのかたがたありがとうございました。
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