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2005年12月16日のアーカイブ

【スフィアリーグ開幕戦・準決勝】ガッタス ブリリャンチスH.P.1-1(PK1-3)アサイ・レッドローズ

スフィアリーグ開幕戦・トーナメント準決勝
ガッタス ブリリャンチスH.P.1-1(PK1-3)アサイ・レッドローズ

6分【ガッタス】是永美記
12分【レッドローズ】山口百恵


山口百恵って!
ちょっと待って!!(「プレイバック・パート2 」) 
ガッタス負けちゃった…スフィアリーグ“大波乱”開幕!:SANSPO.COM

伝説の歌手と同じ名前を持つ少女は、待ってましたとばかりにヘディング。ボールは大きな放物線を描き、ループシュートとなって宙を舞う。


大会公式のプロフィール
レフティらしい。

一連の女子芸能人フットサルにはまるで興味がなかったんですが、山口百恵でちょっと興味が。
日曜日の18日(日)14:00~19:00、フジテレビ739で再放送があるらしいので、見てみようかなと。


スピリッツ オブ ガッタス―アイドルたちが素顔で語った「ゼロからのフットサル挑戦」の真実
スピリッツ オブ ガッタス―アイドルたちが素顔で語った「ゼロからのフットサル挑戦」の真実

【京都サンガ】手島がガンバ移籍濃厚

本日のカルチョ・メルカート。

神戸播戸らG大阪8億円補強 – nikkansports.com > サッカーニュース

京都DF手島獲得も進めており「違うステージで戦う」と言う西野監督の5年目を後押しする。

代わりに藤ヶ谷と児玉と家長と二川と吉原ください。

東京Vの小林(慶)にオファー?
ラモス氏“ヴェルディ愛”の持ち主を熱望

この日までにMF小林慶に対し、大宮からオファーが届き、さらに川崎、名古屋、京都なども動き出していることが判明。

ボランチ要員。

リストアップをしていたワシントンは浦和へ。
小野、浦和復帰へ

また、来季J2に降格する東京ヴェルディのFWワシントン(30)=189センチ、88キロ=を獲得することも15日、明らかになった。ワシントンは今季、得点ランキング2位の22点を挙げた。


稲盛名誉会長の私財は移籍成立せず。
サッカー場や環境施策で意見交換
サンガ・新スタジアム「白紙に」 稲盛氏 私財提供を撤回の意向

府、市は調査費を本年度に予算化、京商とともにサッカースタジアム検討委員会を設けて調査に着手した。この結果、京阪電気鉄道に最寄り駅を整備するのに10億円以上が必要なことや、利用を見込んでいたJRA京都競馬場駐車場が十分に使えないことなどが分かった。

志村ー!! 調査の前に仮説・検証!!

もう岡崎公園つぶしてサッカー場にしましょうよ、と適当に具申。
まわり住宅少ないし、おれの実家からバスで直行できるし。
動物園から動物の臭いが漂ってくるのは平塚で慣れてます。

亡くなられた仰木さんの思い出

亡くなられた人に順位もなにもないのだが、この数年でいちばん驚き、そして悲しんだ訃報。
前オリックス監督の仰木彬氏が死去 : プロ野球 : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
asahi.com: 前オリックス監督の仰木彬さん死去-おくやみ
前オリックス監督の仰木彬さん死去 – nikkansports.com > 野球ニュース

近鉄、オリックスで監督として指揮をとった仰木彬氏が15日、福岡市内の病院で死去した。70歳だった。
同氏はがんで闘病中だった。今シーズンは近鉄球団との合併で新生オリックスの指揮をとったが、体調不良を理由に退任。同球団のシニア・アドバイザーに就任したが、退任後は入退院を繰り返していた。
近鉄との球団合併で新生オリックスの指揮をとった今季は、シーズン中も体調を崩すことが多く、定期的に通院を続けていた。試合中にコンディションを崩すこともあったが、それでもさい配を振るい続けた。
仰木氏に近い関係筋によると、ガンが転移している状態で、オフになっても入退院を繰り返した。11月3日、マリナーズ・イチローが療養中の恩師を見舞いに訪れた。その際に、12月に神戸で食事をする約束をしたが、ついに力尽きた。



今はまったく見なくなってしまったが、小さいころはわたくしも野球が好きだった。
両親が熱狂的なタイガースファンだったもので、あまのじゃくな性格からバファローズを応援していたのだ。
よく近鉄電車に乗っていたことと、あの派手なキャップに惹かれたからだと思う。

当時のバファローズは、西本監督が去ったあと低迷をつづけていた。
そんな中、岡本伊三美さんに代わって1988年に監督に就任したのが仰木さんだった。
1970年から18年間、バファローズでコーチを務めていたとはいうものの、球界では無名に等しい存在。
わたくしも、ニュースを聞いたときは「え?」と疑問に思ったように記憶している。
たしか、他球団の監督経験者など有名な人たちが後任候補にあがっていたはずだ。

ところがそんな「無名監督」のもと、このシーズン、バファローズは夏から快進撃を見せた。
入団2年目の阿波野秀幸が快刀乱麻の活躍を見せ、抑えに固定された吉井理人が強気のストッパーぶりを発揮。
さらに打っては、ラルフ・ブライアント――大麻所持で逮捕・退団したリチャード・デービスにかわって、6月にドラゴンズの2軍から急遽獲得したこの助っ人が74試合で34本塁打。
そして、ごぞんじ「仰木マジック」!
打順をこまめに入れ替えたり(1番大石 2番新井 3番ブライアンド 4番オグリビー 5番鈴木は固定だが6番打者~9番打者がころころと変わった)、当時としてはめずらしいほどヒットエンドランを多用したり、その采配は変幻自在だった。
個人的によく覚えているのは、2アウト3塁でバッターが2番・新井になると、よくセーフティ・スクイズをやっていたこと。
どうも新井選手のアドリブだったようだが、それをやられたとき、ライオンズのエースだった東尾投手が本当に、本当に悔しそうにしていた。
何をやってくるかわらかないチーム、1年目にして「仰木バファローズ」にはそんな印象が強かった。

先にライオンズが日程を終えて迎えた10月19日。
川崎球場、オリオンズとのダブルヘッダー。
ここでバファローズが連勝したときのみ、優勝が決まる。
第1戦。
九回表、3対3の同点で2アウト二塁。
代打・梨田昌孝がセンター前にヒット、けっして足が速くなかった二塁走者の鈴木貴久が生還し勝ち越し。
九回裏、吉井理人に代わってエース・阿波野がリリーフに登板し、2アウト満塁のピンチを切り抜けた。

第2戦。
八回表にブライアンドが勝ち越しの一発で4対3。
その裏からふたたび阿波野が登板し逃げ切りを図るも、伏兵・高沢秀昭がソロアーチ。
狭い川崎球場が悲喜こもごものドラマを生んだのだった。
同点のまま9回裏。
当時のパ・リーグに、「9回を完了して同点であれば延長戦を行うが、試合開始から4時間を越えた場合次のイニングには入らないという」との延長戦規定があった。
そんな事情を知っているにもかかわらず、2塁走者の牽制死をめぐってオリオンズの有藤道世監督が9分間の猛抗議。
このときの有藤氏を見て、子どもながらに「こんな汚いオトナにはなりたくない!」と思ったものだった(若いな…)。
これが災いして、ゲームは結局10回引き分けで終了する。

翌1989年。
昨年の雪辱を期したバファローズは、スタートダッシュに失敗。
だが、しだいに盛り返し、ブルーウェーブ・ライオンズの背中をひたひたと追いながらシーズン終盤を迎えた。
そして10月12日。
西武球場で主砲・ブライアンドが奇跡の4打席連続アーチ。
この勢いで、9年ぶり3回目のパ・リーグ制覇を達成したのだった。
しかし、2位・ブルーウェーブ、3位ライオンズとは勝率わずか1厘差――野球史上でもまれにみる激戦であった。
この後、「初の日本一」をめざした日本シリーズでは、当時全盛期ともいえたジャイアンツに3連勝のあと4連敗して敗れたものの、2年連続「熱パ」をにぎわしたバファローズには多くの野球ファンが拍手を送ったのだった。

とにかく、このときの仰木彬監督、中西太ヘッドコーチ、権藤投手コーチという3人が大好きだった。
打者にフルスイングを求める太さん。
ときに仰木監督にたてつきながら(これはある種の作戦で、投手たちに反抗心から奮起させようとする側面もあったらしい)、投手交代をなるべくいやがる権藤コーチ。
そして、なにより仰木監督だ。

ベンチ内で片足だけ前に出した格好で、背筋をピンと伸ばしていた仰木さん。
投手交代について、腕を組んでピッチングコーチと真剣に話す仰木さん。
毎日酒を呑んで、選手よりも宿舎に帰ってくるのが遅かった仰木さん。
大敗したゲームの夜は、選手に「呑んで忘れてこい!」と命じた仰木さん。
酒を抜くために、試合前の球場をランニングする仰木さん。
「ニュースステーション」で小宮悦子を本気で口説く仰木さん。
風呂場では「金冷法」を欠かさなかった仰木さん。
管理野球が嫌いで、森・西武に敵愾心を抱いていた仰木さん。
野茂、イチローをはじめ選手から好かれていた仰木さん。
ダンディで男気があってかっこよかった。
仰木さんのようなオトナなオトコになりたかったものだ。

最後のシーズンとわかっていれば、今季のオリックス・バファローズの試合をもっともっと見てたのになぁ。
思い出をいっぱいありがとう。
天国でも酒を呑んでください。
ご冥福をお祈りします。


※参考
仰木彬 – Wikipedia
大阪近鉄バファローズ – Wikipedia
10.19決戦 – Wikipedia

電子「単語カード」登場

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