- 2004 年 10 月 10 日 1:23 AM
- 書籍小説
■飢えて狼
出版社: 新潮社 ; ISBN: 4101345171 ; (2004/05)
8日に行われた志水辰夫、最初で最後のサイン会はけっきょく行けませんでしたとさ…。まぁ、前日の仕事が長引いて翌朝始発帰宅、当日は連休前で休みになる月曜日の分も前倒しして仕事をしなければいけない、のWコンボとくれば、そうなるのも当然なんだけど。一応、最後まで行けないか模索したんですけどね。
んで、悲しくなって新潮文庫版のシミタツデビュー作を一気読みですよ。
文藝春秋のホームページで『男坂』にまつわるシミタツのインタビューが掲載されていて、そこに本著に関しても言及があった。■
――それで『飢えて狼』でデビューされるわけですね。これは書き上げたらこの編集者に見せよう、というのはあったのですか?
志水 それはしたくなかった。知り合いの編集者は各社にいっぱいいたけど、小説の担当ではないからね。信頼している編集者にそういう迷惑な話を持っていきたくない。だから、まったく関係ない第三者に読んでもらおうと、いくつか持ち込んだけど、ナシのつぶて。しばらくして、たまたま講談社の方と会う機会があり、私、小説をやっているんですが、と。悪いからはじめは頭の三十枚くらいを持っていって。そしたら面白いからと、全部渡して、出すことになった。
――デビュー直後からシミタツ節と言われたじゃないですか。あの技術というのはどこで身につけられたのですか?
志水 俺はシミタツ節と言われるのは嫌だったんだけどね。あれははっきり言うと、ごまかしですよ。体言止めをしょっちゅう使ってね。ライターをやっていたから、そういう悪知恵はついたんだよな。感情を煽っていくね。
で、このデビュー作。主人公がわだかまりをもつ過去のコト(ある事情で友人を亡くした)、ヒロイン・順子との関係性など、あまり詳しく書かれていない。のちの作品と比べると、書き込みが薄いともいえる。ラストも淡々としてる。ココロ揺さぶられるシーンが少ないと感じた。
まぁ、志水作品が感傷的すぎるという人もいるようだから、本書がちょうどイイと思う人もいるかもしれない。たとえるなら、真保裕一に近い。真保の作品は、主人公がなぜそんな行動を取るのか?――行動の”源泉力”が薄いと、個人的に感じるのだ。「なんで、お前はしつこくそんなコトするんや」と突っ込みたくなるような。(ハナシは流れ流れて、冒険小説における主人公の”行動の源泉力”は
▼家族を亡くした…「血」
▼恋人・妻を亡くした…「愛情」
▼親友を亡くした…「友情」
▼政治的なもの…「国家」
などがあると思う)
そして、「シミタツ節」といわれる文体は、まだ確立されてないんだけど、中にはその萌芽というか、こんな文章も…。
★浴びせてくる視線は、まぎれもなく憐れみだった。憐憫と軽侮、どうにもならないうめき、自分を無にするには、わたしたちは余りに手傷を負い過ぎていた。相手に与えた傷口が見え、自分の傷を相手に悟られていることを知っていた。
(「憐憫と軽侮、どうにもならないうめき」のリズム! どうにも・ならない・うめき)
★しっかりしろ、走っているのはボートだ。速度計の数字を読め。八十、八十五……、そうだ、八十五キロだ。おまえはこの霧の中を八十五キロのスピードで船を走らせている。
(ちょっと丸山健二!?)
★瞬時にして世界が変った。腕先から全身を貫いたショックがけし粒ほどの存在感を微塵に打ち砕いた。閃光は星となって視神経をくらませ、耳鳴りが自律神経を中に投げ出した。それから火薬の匂いを鼻に嗅いだ。針で穴を開けたほどの静寂が耳に甦り、闇に目の焦点が合って銃を握ったまま化石化している自分の腕が見えた。その先にひとつの死体があった。男は顔に驚愕の表情を刻み、目を見開いたまま死んでいた。
★すべてのものが敵意をみなぎらせてわたしの行く手を阻もうとしている。彼方に見える赤い光は何だ。ひとつの終焉、ひとつの結実、無。
(「無」…(・∀・)イイ!)
★一言もなかった。やりきれなさ、恥辱、悔い。自分の愚かさを嘲っているものがある。順子に指摘されるまでたしかに気づかなかったのだ。
(「やりきれなさ、恥辱、悔い」――意味が近い名詞を並べるのも、ひとつの特徴ですね)
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